選挙の選択肢として「候補者に不服」を創設すべき

愛知のお粗末過ぎる展覧会に関して、知事も、見た目だけではなくて、とうとう発言内容まで気味の悪い事を言い出す始末。トンチンカンでやかましいだけの某不倫女性国会議員が当選してしまった事もあって、「なんて愛知県民は残念な人々なのか」と思ってしまいました。

しかし、少なくとも知事に関しては、少し調べてみると、気味の悪い現職 or 論外な共産党しか候補者がおらず、「どっちか選べ!」と迫られた結果、今の様な惨状になってしまっているらしいとの事です。

「民主主義」として「有権者の自由に首長や議員を選べる」とは言われても、「こんな奴等の中からどう選べって言うんだ…」という場合は少なからずあると思います。

そこで選択肢①候補者A、選択肢②候補者B、…選択肢X「候補者に不服」という様に、「候補者に不服」という選択肢を設けるべきだと考える訳です。

「候補者に不服」という選択肢を創設すべき!

現状での選挙において不服を示す方法

現状で選挙に不服を示す場合、選挙に行かないか、白票を投じる事、の2パターンがあり得るかと思います。

選挙に行かない場合はそもそも投票自体がカウントされず、特に良くあるのが「選挙に関心の無い若者」として一括りにされたりしますが、そうなると政治家的には「選挙に来ないから政策に反映しても票につながらない」と判断されるに至ってしまいます。

そこで「選挙に行かないんじゃなくて、白票を投票しよう!」という呼びかけなんかもあります。しかし、結局は無効票になるわけで、不服の示し方として消極的なものです。「今の候補者に不満なんだ!」という意思表明としては少し弱い感じが否めません。

「候補者に不服」の選択肢の創設

そこで「候補者に不服」という選択肢を創設すべきだと考えます。

具体的には他の候補よりも「候補者に不服」が最も得票数が多い様であれば、一定期間を定めて改めて候補者の立候補からやり直しにします。

もちろん、無限に「候補者に不服」がループしても仕方が無いので、最初の一回目だけで、やり直しの場合は「候補者に不服」の選択肢は無くします。

ただ、一回でも「候補者に不服」となるようであれば、出馬を検討していたけれども情勢が読み切れずに二の足を踏んでいた方が立候補する可能性が高まります。

「じゃあ我こそは!」という新たな候補者が出てくれば当該選択肢を創設する意味があります。

仮に新候補者が出て来なくても、不服の示し方として白票では単なる手違いなのか何なのか分かりにくいところもありますが、「候補者に不服」という選択肢であればよりその意思が明確に表明できます。やり直し選挙で当初から立候補していた候補者が当選したとしても「不服なんだけれどもしょうがなしに当選させてやった」というケチがつくので、有権者からの批判もしやすく、当選者にしてもしょうもない事を自重するに違いないという「希望的観測」も出来ます。

やり直し選挙を実現するために

選挙と言うのは、現状では物凄くお金と人員が要ります。都道府県単位になればそれこそ何億円という税金が使われる事もざらです。

結局人員を動かす為にお金も必要ですし、まっとうに政治信条から応援してくれるスーパーボランティアみたいな方もいるのかもしれませんが、基本的にはそんなことはあり得ず、お金をかけずに人員を集めようとすると「持ちつ持たれつ」の怪しい関係が生じてみたり。

人が直接動くから有権者にしっかりと政策を訴えられるし、人のつながり的「温かみ」が感じられるし、協力者を募らなければならない事で議員「センセイ」を偉そうにさせずに済んでいるんだ等々と言う部分もあるかもしれませんが、それらを考慮しても、あまりにも現在の選挙は無駄が多すぎるように感じます。

IT技術をもっと駆使して効率化出来るところは効率化する事で、金も人員もそこまで要らない選挙にする事が必要ではないでしょうか。

必要な金も人員も少なくして選挙のハードルを低くすることで、「煩わしい」人間関係を嫌う優秀な方も立候補しやすくなりますし、同じようなシステムで動く国民投票や住民投票もより機動的・効果的に使う事ができるようになるはずです。

終わりに

「民主主義」を標榜するのであれば、より適切な民意の反映の仕方を工夫して実現していかなければなりません。

また、選挙のハードルが高ければ高いほど現在の「既得権者」に有利に働きます。「候補者に不服」をという選択肢を実現する為の選挙の効率化こそ、「民主主義」とされているものをよりスマートに進化させてくれるのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

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