「表現の自由」を語る詐欺師達~特定表現へ税金を使ってはいけない理論的根拠~

「表現の自由」を語る詐欺師達~特定表現へ税金を使ってはいけない理論的根拠~

前置きとして

先日某県で「表現の○自由展」と称する公金詐欺が行われようとしていたところ、間一髪で「臭い連中」の企みは頓挫しました。

「議論が分かれる『表現の自由』という現代的な問題について議論するきっかけを作る」ことが企画趣旨だと説明されますが、16組の参加作家により、慰安婦問題を扱う作品のほか、憲法9条、植民地支配、昭和天皇や戦争、米軍基地、原発、人種差別等の、ファッションで「左」を自称する、どこぞの「左巻き」の人々が好んでいそうな作品がズラリとしていたことが推察されます。

反対の立場に立つ「排除されてきた」過激な表現物も置かなければ「議論のきっかけ」もクソも無いわけですが。そう言う意味で、宣伝などに書かれているのとは少し異なる趣旨である事がありありと見てとれます。

「勝手にやってろ」程度の「作品(笑)」が多数という感じですけれども、税金がウン億円も出されるという事で、どうしても展示に含まれてはいけない作品があります。皆さんよくご存じ、イスに座った「売春婦像」です。

他の作品はニュースを見ている限りではあまり良く分からないし、わざわざ見に行くほど暇でもないので言及が出来ないのですが、少なくともこの売春婦像があるだけで税金の投入はストップをかけるべきです。

「売春婦像」関連の展示等に公金を支出してはいけない訳

某国で「慰安婦像」等と称される売春婦像ですが、その展示は表現は表現でも、「政治的表現・政治活動」ないし「宗教的表現・宗教行為」と呼ぶ方がより正確です。

「政治的表現」として考える場合

「政治的表現」等と言う場合、売春婦像の意味は皆さんも良くご存じだと思います。基本的にはどっかの国の人が、歴史上存在しなかった空想上の存在について売春婦像を使って熱心に特定の主張をします。つまり、売春婦像は特定外国人の政治活動のアイコンな訳です。

マクリーン事件では、外国人の政治活動について、「政治活動の自由についても、わが国の政治的意思決定又はその実施に影響を及ぼす活動等外国人の地位にかんがみこれを認めることが相当でないと解されるものを除き、その保障が及ぶものと解するのが、相当である。」と述べられています。

これ自体から本件について明快な結論が得られるわけではありませんが、そもそも「行政」を動かす「民主主義」は「国民主権」です。外国人に選挙権はありません。国籍持って責任ある立場になってからモノを申して下さい、という話です。話が少し逸れましたが、つまり「行政」は「国民」の為に執行されるべきなのです。

行政が外国人の政治的表現物に公金を出す場合、これは明らかに外国人の政治活動に公金が支出されている事になります。汚い金髪の頭がおかしい日本人を藁人形の様に介在させたところで、公金をせしめて売春婦像を展示する事は、マクリーン事件に言う「わが国の政治的意思決定」「の実施に影響を及ぼ」しており、到底認められる「政治活動」ではありません。

翻って、行政としても、マクリーン事件の趣旨に反する様な公金の支出は出来ないのです。

「表現の自由」を方便に、自称ジャーナリストの変な男と製作者達で税金を山分けするなんて事が許されてはいけません。

「宗教的表現」として考える場合

基本的には政治的表現と考えるのが適切ですが、某国の人々が存在しないモノをあれほど熱心に信じる様子、どんな反論をしてもお話にならない様子を見ていると、宗教としても捉えられる様に思います。

「乞食の、乞食による、乞食の為の宗教」、拝めれば日本からお金が降って来るかもしれない。信仰の内容としてはそんなところでしょう。「慰安婦教」とでも名付けましょうか。

そうすると、売春婦像は、神様等の像と同じになる訳です。神様等に失礼過ぎて引き合いに出したくなかったのですが、あくまでモノの例えとして、です。

今後改正でどうなるか分からないので具体的な条文を挙げませんが、政教分離原則として、行政は「目的が宗教的意義」を持ち、「効果として、特定の宗教を援助、助長、促進、圧迫、干渉」する行為をする事が認められません。

売春婦像を展示する展覧会に税金を投入する事は、「慰安婦教」の布教という宗教的目的を有し、「援助、助長、促進」する効果がある事は明らかです。

従って、政教分離原則の観点からも、公金の支出は許されないのです。

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